文政生まれの洋画家の高橋由一(1828-1894)と言えば、日本で本格的な西洋画を描いた最初の画家と言われる。
幼い頃より絵が上手だった由一は、少年時代は狩野派に学んだが、後に西洋画の石版画を見てその写実に感激し、本格的に西洋画の学習へ舵を切った。その後、チャールズ・ワーグマンやフォンタネージなどに僅かに教えを受けたが、西洋画の資料が限られた時代に、ほぼ独学で洋画の技法を身に付けた。
そんな由一の描く静物画は、本格的な西洋画の影響を受けていなかった分、かえって西洋画のジャンルである「静物画」の中でも、オリジナリティに溢れた作品になっている。
まず由一の静物画は、画面全体に対して描かれるもののサイズがとても大きい。冒頭の由一の静物画『豆腐』を見ると、豆腐や油あげなどをかなりズームアップして描いている。古典的な静物画、例えばオランダ絵画のそれと比べると、その大きさの違いは歴然。
例えばピーテル・クラースの『静物画』のパンや肉、桃やワインなどと、由一の豆腐や油揚げを比べると、由一のものは一つひとつの画面に占める割合が明らかに大きい。
もう一枚、由一の『桜花図』でも、桜が生けられた桶がかなり接近した位置から描かれている。桜の枝の一部も画面から出ている。
さらに由一が描いた題材も、豆腐や桜など日本ならではのもの。西洋画の「静物画」というと、ワインやパン、骸骨、花やフルーツなどを描き、宗教的、道徳的メッセージを伝えるものが多い。一方の由一は、当時の日本人の生活に身近なものを題材にした。
例えば17世紀に描かれた上の最初の二枚のアドリアーン・ファン・ユトレヒト作『ヴァニタス(花束と骸骨のある静物画)』(1642, 個人蔵)やヤン・ダヴィス・デ・ヘーム作『果物、花、グラス、ロブスターのある静物画』(1642, 個人蔵)などの寓意画は、骸骨や贅沢な花、空になりそうなグラス、やがて腐るフルーツなどを描き、人生のはかなさを暗示した。もう一枚の18世紀フランスのジャン・シメオン・シャルダン作『フラスコ瓶と果物のある静物画』(1750, Staatliche Kunsthalle Karlsruhe)では寓意的な要素は薄まるが、フルーツやグラスなどの西洋の伝統的な題材が使われている。
一方の由一の静物画を見ると、例えば『豆腐』は豆腐や焼き豆腐、油揚げ、『読本と草紙』は明治7年発行の小学校の読本や鉛筆、羽子板、鉛筆など、さらに『鯛(海魚図)』は鯛や伊勢海老に加え、大根やすだち、三つ葉などを描き、日常生活の中で馴染のあるものが題材となっている。
由一が身近なものを静物画の題材に選んだ理由は、当時、誰もが知っているものを描くことで、一般の人々に油絵の魅力を伝えて、普及を図るためだったと言われる。由一の静物画を見ると、身近にあるものを近い距離から描き、色や形だけではなく、それぞれの質感の違いを写実的に描くことで、油絵がここまで出来る、ということを当時の人々に伝えようとしていたようだ。
そんな由一の静物画は、西洋の静物画と比しても、強い個性を放っている。
上記で取り上げた高橋由一の作品は、香川県の金刀比羅宮にある高橋由一館に所蔵されている。同館には静物画や風景画、人物画を含めて27点もの由一の作品が収められている。時期によって、他の美術館の展覧会に貸出されていることもある。展示の有無は事前に美術館に確認を。
高橋由一館
香川県仲多度郡琴平町
TEL 0877-75-2121
http://www.konpira.or.jp/articles/20200710_takahashi-yuichi/article.htm
・アクセス
〔車〕瀬戸中央自動車道坂出ICより約30分、または高松自動車道善通寺ICより約15分。
〔公共交通機関〕金刀比羅宮の「参道入口」までJR琴平駅下車徒歩20分、琴電琴平駅下車徒歩約15分。
いずれの場合も、金刀比羅宮の参道入口から徒歩で石段を上がっていく。
御本宮まで785段、奥社まで1,368段の石段が続くが、高橋由一館はその途中にある。
✎著/ 種をまく https://www.tane-wo-maku.com
参考/「高橋由一作品集」2019 金刀比羅宮
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