絵画作品の中には、美的な価値だけではなく、歴史資料的な価値も持つものがある。新潟県立近代美術館に所蔵される岸田劉生の『冬枯れの道路(原宿附近写生)』もそんな一枚かもしれない。大正時代に活躍した洋画家の岸田劉生(明治24年-昭和4年)による風景画で、東京の原宿付近にある坂道を描いている。まだコンクリート舗装がない時代だったので、道路の土はむき出しのままだ。今日の原宿の風景からは想像することが難しいほど素朴な景色で、あたりに建物なども一切見当たらない。
ちなみにGoogle Mapで現在の坂道付近の様子を見てみると、所狭しとマンションや住宅が立ち並んでいる。同じ坂道であっても、かつての面影は残らない。
この絵は当時の原宿の様子を伝える点で興味深いが、「風景画」としても一風変っている。一般的な「風景画」は、ある程度遠くから眺めた景色を絵にする。ところがこの絵で劉生は、かなり近づいた位置から坂道を眺めて、それだけをキャンバスに描いた。
例えば、代表的な風景画家の一人であるイギリスのジョン・コンスタブルの絵を見てみると、離れた所から眺めたイギリス・サフォーク州のストゥール川の景色の一部を切り取って絵にしている。まさに典型的な風景画。
一方の劉生の絵を見ると、原宿の坂道がドンと目の前に描かれていて、キャンバスの大半を占めている。絵の主役はこの坂道だ、といわんばかりだ。
この時期、劉生は草土社という美術グループを作り、郊外へ写生をしに出掛けては、褐色の土や草を好んで描いた。例えば重要文化財『道路と土手と塀(切通之写生)』(東京国立近代美術館蔵)も同じく原宿の坂道を題材にし、土舗装の坂道や土手の草を描写している。
あらためて先ほどの絵を見てみると、画家はかなり近い位置から坂道を観察し、草や土の坂道をキャンバスに緻密に写し取っている。
近づいて見てみると、道路の固い土、土に埋まった砂利、道路脇の土手に生える僅かな緑や枯れ草の様子などが、丁寧に描かれている。
緻密で写実的な描写は、この時代の劉生作品の大きな特徴の一つでもある。例えば大正10年制作の『麗子微笑』は教科書にも載る有名な作品だが、毛糸で編まれた麗子の肩掛けが丹念に描き込まれている。
坂道を描いたこの作品は、もともと近現代美術のコレクターとして知られた新潟の実業家の駒形十吉(明治34年-平成11年)が、社長をしていた大光相互銀行(現在の大光銀行)の資金力を元に収集した通称「大光コレクション」と呼ばれた美術コレクションの中にあったものだ。
駒形は同作品も含めてコレクションを展示するため、昭和39年に日本初の現代美術館となる長岡現代美術館を開館させた。現代美術があまり知られていない時代に、とても先駆的な試みだった。ところが昭和54年、大光相互銀行が乱脈融資事件で経営難に陥ると、美術館は惜しまれつつも閉館となる。コレクションも各地の美術館へ売却などされて散り散りとなる中、同作品は新潟県立近代美術館の所蔵となった。
もし新潟県立近代美術館に立ち寄る機会があったら、「大光コレクション」の名品の一枚であり、かつての原宿の姿を伝える写実性を極めた『冬枯れの道路(原宿附近写生)』をじっくり楽しんでみたい。
✎著/ 種をまく https://www.tane-wo-maku.com
松本市美術館
新潟県長岡市千秋3丁目278-14
https://kinbi.pref.niigata.lg.jp/
・バス
長岡駅大手口8番線から中央環状線「くるりん」内回り「県立近代美術館」下車(乗車約15分)すぐ又は、長岡駅大手口2番線からセンタープラザ・日赤病院方面行「日赤病院前」下車(乗車約15分)から徒歩5分
・車
関越自動車道:長岡I.Cから約10分/北陸自動車道:長岡北S.I.Cから約10分
・タクシー
長岡駅大手口から乗車(約15分)
参考「大光コレクションの形成について」松本 奈穂子 https://banbi.pref.niigata.lg.jp/wp-content/uploads/19matsumoto.pdf