漆黒の髪をファッショナブルにまとめ、光沢ある水色のサテンのドレスを身に付けた色白の女性が、こちらに向かってポーズを取る。白い腕を、金色のダマスカス織りのアームチェアにもたれさせ、物憂げにこちらに視線を投げかける。
『ド・ブロイ公爵夫人の肖像』と題されたこの絵は、フランス近代絵画の巨匠ドミニク・アングル(1780-1867)が、フランスの首相を務めたブロイ公爵アルベールの妻ポリーヌを描いた肖像画だ。当時28歳のポリーヌは、美しく聡明なことで知られていたが、内向的な性格で、体も弱く、結核のため35歳の若さでこの世を去った。この肖像画で描かれたポリーヌも、その華やかな装いとは対照的に、物憂げで、どこか繊細そうな表情を浮かべる。
この絵でまず目を見張らされるのは、ポリーヌが身に着ける衣装や装飾品の絢爛豪華さだ。ふんだんに装飾が施された奢侈な水色のサテンのドレスを身にまとい、ドレスと同じ水色のリボンで黒髪を飾る。耳元に小さい真珠が連なったイヤリング、首元に金のネックレス、手首には真珠のブレスレットやダイヤモンドと赤のエナメルを組み合わせた金のブレスレットを着けている。
これらの衣装やアクセサリーの描写は精緻の極みだ。サテンドレスの張りや光沢、柔らかく垂れ下がった袖のリボン飾り、繊細な刺繍が施された袖元の薄いレース、ブレスレットの留め金まで緻密に描かれている。
一方で、ポリーヌの身体をよく見てみると、少しアンバランスで、不自然に描かれていることが分かる。アングルの作品の特徴で、例えば身体全体に比べて肩幅が狭く、少し首が長い。椅子にもたれかかる白い腕に目を向けると、まるで骨格がないかのように、肘や手首のところで柔らかく折り曲がっている。
このアンバランスで不自然な身体の描き方は、アングルの最も有名な作品『グランド・オダリスク』で顕著に見ることが出来る。オダリスクの胴の部分が極端に長く、長細く伸びた腕もまるで関節がないかのように柔らかく折れ曲がっている。
勿論、アングルが卓抜した技術を持つ画家であったことはよく知られており、身体を正確に描くことも十分に可能だったはずだが、画家が理想とする美を表現するために、意図的に身体を歪めて描いたのかもしれない。
このアングルの珠玉の逸品は、ポリーヌの死後も、愛妻家であったアルベールによってベルベットのカーテンの後ろに大切に保管され、特別な展覧会だけに貸出されたいう。アルベールの死後もブロイ家が所有したが、1958年よりアメリカのメトロポリタン美術館の手に渡りになり、代表的な所蔵作品の一つになっている。
✎著/ 種をまく https://www.tane-wo-maku.com