『漣(さざなみ)』は日本画家の大家、福田平八郎(1892-1974)が昭和初期に描いたもので、画家の最高傑作の一枚として知られる。湖の水面に一瞬広がった「さざ波」を描いた。銀と群青の二色で表した「さざ波」の模様は、モダンなデザイン画のようにも見える。
画家はこの絵を制作するにあたり、まず湖面を熱心に観察して写生を重ねることから始めた。その中で捉えた対象(=さざ波)を表現するために必要と考えた要素(=色や線)を取り出して描くことで、画家を魅了した「さざ波」の美しさを洗練した形で表した。
画家は釣りに行ったある日、落とした浮きを見ていた視線をふと水に移してみると、肌にも感じないほどの微風に、水面が「さざ波」をたてて美しい動きを見せることに気づいたという。水面に起こる一瞬の動きに魅せられた画家は、その姿を描くために湖畔で写生を重ねたが、瞬時に変わる波の姿を捉えることに苦心したと回想する。
「さざ波」が起こった一瞬の美しさを捉えようとする姿は、かつて刻々と変化する海や庭の水連の池の様子を描こうとしたフランス印象派のクロード・モネの姿にも重なる。
画家の写生帖には一瞬出来た「さざ波」を捉えようとした跡が残されている。
実際に画家の『漣』を見てみると、その「さざ波」は線と色で簡潔に表現されている。画家は二つ折りの銀屏風(びょうぶ)の上に群青色で多数の短い線を描き、屏風の銀色の地を水面、群青色の短い線を「さざ波」に見立てた。
そして群青色の線は画面手前から奥に向かって徐々にその数を増していき、色も濃くなり、湖の奥行きが表現される。加えて群青色の線を少し傾けて描くことで風向きを表し、微風が画面の手前左から右奥へ向かって吹き、「さざ波」が立つ瞬間を表した。
画家は『漣』を描いた後、水面を研究することがライフワークの一つとなる。その研究の集大成といえるのが、「水の揺らぎ」を描いた『水』だ。戦後に描かれたこの絵は一見すると抽象画にも見える。しかしこの絵もやはり、写生を重ねる中で生まれたものだった。
『水』を見ると、緑や青の鮮やかな色彩や、大小さまざまな形の水の輪、流動的な曲線によって画家が捉えた水面の一瞬の揺らぎが簡潔な形で表わされている。そこには『漣』と同様に、水という自然の対象を捉えようとした画家の飽くなき探求が見られる。
“釣りをはじめた翌年頃の作品です。…ウキをにらむ眼を水に移して見ますと、肌にも感ぜぬ微風に水は漣をたてて美しい動きを見せることに気がつきました。これを描いて見ようとその瞬間に思いました。…しかし波の形は瞬時の動きでまことに掴みにくいものです。その写生にはいろいろな試みをして実態をつかむのに苦心しました。結局よく見ることが何よりのたよりとなるものです。”
― 福田平八郎(『三彩』昭和33年4月臨時増刊)小学館
所蔵先の美術館
・『漣』
大阪中之島美術(2022年にオープン)
〒530-0005 大阪府大阪市北区中之島4-3
https://nakka-art.jp/
・『水』
大分県立美術館
〒870-0036 大分市寿町2番1号
https://www.opam.jp/
✎著/ 種をまく https://www.tane-wo-maku.com
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