長野県の松本市美術館といえば、同市出身の著名な現代アーティストの草間彌生の充実したコレクションを展示していることで知られる。その中でも彼女の代表作の一つといえるのが、上記の写真にある『痛みのシャンデリア』。
草間彌生と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、大きなかぼちゃの置物(オブジェ)かもしれない。瀬戸内に浮かぶ香川県の直島の海辺に展示されているものが特に有名だろう。
草間のかぼちゃは他にも様々なところで見かけるが、ここ松本市美術館も高さ2.5mの巨大な『大いなる偉大な南瓜』を所蔵している。
かぼちゃに比べるとあまり有名ではないかもしれないが、『痛みのシャンデリア』も近年の代表作の一つで、これまで国内外の様々な美術館で展示されてきた。例えば下の写真はイギリスのテート美術館での展示風景。松本市のものよりも展示空間が広く、きらびやか。
『痛みのシャンデリア』は絵画や彫刻のように作品を鑑賞するのではなく、訪れた人が展示空間に入り体験する作品だ。写真にあるように、壁中に鏡が貼られた暗い部屋の中で、シャンデリアが、たった一つ吊り下がっている。そのシャンデリアが暗闇で点滅する中、あたりを見渡すと、鏡という鏡の中に、自分自身とシャンデリアが無限に繰り返し映し出されている。それは万華鏡の中の世界のよう。
訪れた人が『痛みのシャンデリア』で体験する「無限の繰返し」や作品の題名にもある「痛み」は、草間芸術を理解する上で重要なキーワードだ。幼少期からの精神病やトラウマ(心的外傷)の克服が、草間のアート制作の大きな原動力であったことはよく知られている。
松本市の旧家に生まれた草間は、絵を学ぶために京都の美術学校へ進学。その後27歳で渡米し、ニューヨークを拠点に創作活動を始めた彼女は、強迫神経症の苦しさから逃れるために、幻覚で見た編み目模様をキャンバスに執拗に繰返し描いたという。この時に描かれたモノトーンの「無限の網」と呼ばれるシリーズによって草間は一躍、ニューヨークのアート界の寵児となる。
以後、網目をはじめとして、かぼちゃに描かれているような丸い形、さらには同じイメージを終わりなく繰り返すことが草間アートの一つの特徴となる。この『痛みのシャンデリア』では、鑑賞者は鏡に囲まれた部屋の中で、点滅するシャンデリアとともに無限に繰返すイメージの一部となる。
松本市美術館では時期によって異なるが、『痛みのシャンデリア』の他にも、絵画やオブジェともに様々な体験型の作品が展示されている。草間のアートを「見る」だけではなく、「体験」するなら、訪れてみたい場所の一つだ。
✎著/ 種をまく https://www.tane-wo-maku.com
松本市美術館
〒390-0811 長野県松本市中央4-2-22
http://matsumoto-artmuse.jp/
アクセス
・松本バスターミナルからアルピコ交通バス・横田信大循環線5分[松本市美術館]下車
・JR松本駅からタウンスニーカー(市内周遊バス)東コース7分[伊織霊水(美術館北)]下車徒歩5分
・JR松本駅から徒歩12分
・長野自動車道松本インターチェンジから車で15分
*大規模改修工事のために2022年4月まで休館。その間は松本パルコ6階にオープンしている「パルコde美術館」へ。